2026年の通常国会への提出は見送りになりましたが、週44時間特例の廃止は撤回ではありません。厚生労働省の研究会が報告書として方向性を示した以上、施行されるのは時間の問題です。従業員10名未満の飲食店・サービス業・小売店を経営している社長ほど、この問題を後回しにしてはいけない理由があります。毎月12万円以上の人件費増という試算が、あなたの事業でも現実になりかねません。
週44時間特例とは何か。対象事業場と現行ルールを整理する

週44時間特例の廃止は、現行の労働基準法第40条に定められた特例措置を対象にしています。
労働基準法では、原則として1週40時間・1日8時間を超えて労働させてはいけないと規定されています。ところが、現行法には例外があります。商業、映画演劇業、保健衛生業、接客娯楽業のいずれかに該当し、かつ常時10人未満の従業員を雇用する事業場であれば、法定労働時間を1週44時間まで延長できるという特例措置が設けられています。
具体的にどんな業種が対象になるのかを整理すると、以下のような事業場が該当します。
- 飲食店・カフェ・居酒屋
- 美容室・ネイルサロン・エステサロン
- 小規模な小売店・ドラッグストア
- クリーニング店・接骨院・マッサージ店
- 旅館・民泊・ペンション
東京都内だけでも、この条件に当てはまる事業場は相当数あります。コンビニのフランチャイズ店舗もオーナーが直接雇用する形であれば対象になります。
現在この特例のもとで運営している事業場では、週40〜44時間の範囲の労働に対して割増賃金を払わずに済んでいます。特例が廃止されると、週40時間を超えた分はすべて時間外労働として扱われ、25%以上の割増賃金が必要になります。ここに大きな経営リスクが潜んでいます。
廃止はいつから。2026年の通常国会への提出が見送られた背景
法案の動向を正確に把握しておく必要があります。
厚生労働省は2024年1月、学識者・実務家による労働基準関係法制研究会を設置しました。2025年1月に報告書を公表し、週44時間特例の廃止を含む労働基準法の抜本的な見直しを提言しました。これを受けて労働政策審議会での制度設計が始まりましたが、2025年12月に厚生労働相が2026年の通常国会への法案提出を見送ると明言しました。
見送りの背景には、高市総理が立ち上げた日本成長戦略会議において、労働時間規制の緩和を検討するとの指示が出たことがあります。厚生労働省が進めてきた規制強化の方向性と、政権の規制緩和方針の調整がつかず、法案提出が見送られました。労使双方の意見対立も続いており、決着の見通しは立っていない状況です。
現時点での施行時期は未定です。ただし、廃止の方向性そのものは変わっていません。2027年の通常国会への提出が有力視されており、施行は段階的に行われる見込みです。
施行まで時間があるという理由で準備を先送りにするのは得策ではありません。施行日が近づいてから動き出すと社労士や専門家への相談が集中して対応が遅くなります。早めに動くほどコストと手間を抑えられます。
従業員5名の会社で毎月12万円の人件費が増える。数値で見るインパクト

コスト増の試算を具体的に見ていきます。
時給1,200円のパートスタッフ5名が、現在の特例のもとで週44時間働いているとします。週40時間を超えた4時間分は、これまで通常賃金として支払うだけで済んでいました。特例が廃止されると、この4時間に25%の割増が必要になります。
計算式は次の通りです。
- 割増分の時給:1,200円 × 25% = 300円
- 1人あたりの週あたり追加コスト:300円 × 4時間 = 1,200円
- 1人あたりの月あたり追加コスト:1,200円 × 4.3週 = 約5,160円
- 5名分の月間追加コスト:5,160円 × 5名 = 約25,800円
ここにスタッフの週労働時間が44時間を超えているケースが加わります。週45時間のスタッフがいれば、割増対象はその分だけ広がります。管理が行き届いていない現場では、知らぬうちに未払い残業代が積み上がっているケースも多いです。
ある美容サロンでは、特例廃止を見越して勤怠データを洗い直したところ、過去3ヶ月分の未払い残業代が従業員1人あたり平均1万8,000円発生していました。オーナーはうちは特例だから大丈夫だと思っていたと話していましたが、実際には特例の範囲を超えた部分の支払いが漏れていたのです。
特例廃止のタイミングを労働基準監督署の調査が重なれば、遡及した追加支払い請求だけでなく付加金まで命じられることになります。早めの実態把握が必要です。
シフト崩れを引き起こす連続勤務制限と勤務間インターバル
週44時間特例の廃止と同時に、現場で混乱を生じさせる可能性があるのが、連続勤務の上限規制と勤務間インターバルの義務化に向けた議論です。
現行では連続して働ける日数に明確な上限はありません。労働基準関係法制研究会の報告書では13日を超える連続勤務の禁止を提言しています。少人数で回しているシフトの現場では、繁忙期に連続出勤が常態化しているケースがあります。
勤務間インターバル制度は、終業から次の始業まで一定の休息時間を取ることを義務づける制度です。現在は努力義務にとどまっていますが、研究会の報告書では11時間のインターバルを義務化する方向性が示されています。遅番終了後に翌朝から早番を入れるシフトが組めなくなります。事業所によっては、週44時間特例の廃止より勤務間インターバルのほうが実務への影響は大きい場合もあります。
特例廃止だけを単独で準備するのではなく、シフト管理の仕組み全体を見直す機会として捉えてください。
今すぐ取りかかるべき5つの実務手順

施行時期を待たずに着手できることがあります。順番通りに動くと、施行後のコスト増を最小限に抑えられます。
- 自社が特例対象事業場に該当するか確認する。業種と常時雇用する従業員数の両方を確認してください。アルバイトや短時間のパートも常時雇用にカウントされます。
- 全スタッフの週あたり平均労働時間を勤怠記録で確認する。システム管理していない場合は、過去2〜3ヶ月分のタイムカードや手書きの記録を集計してください。
- 週40時間を超えているスタッフを特定し、追加コストを試算する。1人あたり月いくら増えるかを把握しておくと、価格転嫁や採用計画に活かせます。
- シフトを週40時間以内に収める新しい案を作成する。雇用形態の変更・シフト分散・業務効率化の組み合わせで対応するケースが多いです。
- 就業規則の労働時間条文を確認し、特例措置に言及した記述があれば改訂の準備をする。
一度に全部やろうとする必要はありません。まずステップ1と2だけでも今月中に終わらせてください。現状を数字で把握することが、すべての対策の起点になります。
対応状況チェックリスト
以下の項目で自社の準備状況を確認してください。
☐ 自社が週44時間特例の対象事業場かどうか確認済みである
☐ 全スタッフの週あたり労働時間を把握している
☐ 週40時間超のスタッフへの割増賃金コストを試算した
☐ 新しいシフト案(週40時間以内)を作成または検討した
☐ 勤怠管理システムで週40時間の上限アラートを設定した
☐ 就業規則の労働時間条文を確認した
☐ 勤務間インターバル・連続勤務の現状をシフト表で確認した
未チェックの項目が3つ以上ある場合、施行後に対応が追いつかなくなるリスクがあります。
よくある質問
Q1. 週44時間特例の廃止は結局いつ施行されるのですか。
2025年12月に2026年通常国会への法案提出が見送られ、現時点では施行日は未定です。2027年の通常国会への提出が有力視されていますが、国会審議の状況次第で変わります。施行日が決まってから動き始めると時間が足りなくなるため、今から準備してください。
Q2. 従業員が8名のカフェを経営しています。全員が対象になりますか。
飲食業は特例対象業種に含まれます。常時9名以下であれば現在は特例が適用されています。ただし、従業員が一時的に10名未満でも、繁忙期に10名以上になる場合はその期間中は特例が適用されない点に注意が必要です。正確な判断は労働基準監督署か社労士に確認してください。
Q3. 特例廃止に備えてパートの契約時間を減らすとき、何か手続きが必要ですか。
労働条件の変更になるため、労働者の同意取得が原則必要です。一方的な変更は労働契約法に違反します。就業規則の変更も必要になる場合があります。変更の理由を丁寧に説明した上で書面による合意を取ることを徹底してください。
Q4. 週44時間特例が廃止されると、36協定の内容も変更が必要になりますか。
36協定は法定労働時間を超えた時間外労働を可能にする協定です。特例廃止後は法定労働時間が週40時間に統一されるため、36協定の締結対象や延長時間数の設定を見直す必要が生じます。現在の協定書の内容を確認し、施行前に改訂の準備をしてください。
Q5. 勤怠管理を今でも手書きで行っています。システム化は必須ですか。
必須ではありませんが、特例廃止後は週40時間超の労働を正確に把握・記録することが求められます。手書きやExcelは集計ミスや記録漏れが起きやすく、未払い残業代のリスクが上がります。クラウド型の勤怠管理システムは自動集計と法令アラートの両方を備えています。IT導入補助金で導入コストを抑えられる枠もあります。
まとめ
週44時間特例の廃止は、2026年通常国会への提出が見送られても撤回ではありません。施行時期が未定だからこそ、慌てないための準備を今から進めることに意味があります。まず自社が特例対象かどうか確認し、全スタッフの週労働時間を把握してください。現状を数字で見えるようにした上で、シフト見直しと専門家への相談を組み合わせることが、施行後の経営ダメージを最小化する最短ルートです。
弊所へのご相談
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