ひとり社長の限界突破。最初の一人を雇うための法的手続きと心理的ハードルの超え方

もう一人いれば、と思いながら、何年も同じ仕事量を抱え続けているひとり社長は少なくありません。雇いたい気持ちはある。でも、手続きが分からない、万が一合わなかったときが怖い、コストが読めない。自分の時間を削り疲弊し、気づけば受けられる仕事を断っている。そんな方もいるのではないでしょうか。本記事では、最初の一人を雇う前に立ちふさがる心理的な壁と、実際にやるべき法的手続きを整理します。

目次

雇えないのではなく、雇うのが怖いだけかもしれない

多くのひとり社長が初めての雇用を先送りにする理由は、手続きの複雑さではなく心理的な恐怖にあります。

代表的なのは、解雇できないかもしれないという恐れです。日本の労働法は、雇用を始めた後に辞めてもらうのが難しい設計になっています。試用期間中であっても、合理的な理由なく解雇すると不当解雇とみなされるリスクがあります。なんとなく違う、という感覚的な判断では法的に認められません。この現実を直感的に理解しているからこそ、一歩が踏み出せずにいます。

次に多いのは、管理への自信のなさです。自分一人でやってきた仕事のやり方は、いわば自分専用の仕様書です。それを他の人に教え、任せ、チェックするというプロセスを、一度も経験していない人が大半です。社長なのに部下の動かし方が分からないという感覚が、雇用の先送りにつながります。

もう一つは、社会保険料という見えにくいコストへの不安です。給与を払えばそれだけ、と思っていると、後から社会保険料が上乗せされる現実に驚きます。月給25万円の人を雇えば、会社負担の社会保険料だけで月3〜4万円、年間で40万円以上が追加コストとして発生します。この計算を最初に把握しているかどうかで、雇用判断の質が変わります。

これらの恐怖は、放置すれば現実の壁になります。一つひとつを正確に知ることで、対処できる問題に変わります。

雇用前に決めておくべきこと

手続きを始める前に、3つを決めておく必要があります。

雇用形態の選択

正社員、パートタイム、有期契約のどれにするかは、後の手続きに直結します。有期契約を選ぶ場合、2024年4月の法改正で、雇用契約時に変更の範囲と更新上限の有無を明示する義務が加わりました。例えば業務内容:事務補助業務のみ、契約更新の上限:3回まで、といった記載が必要になります。この明示を怠ると、5年後に無期転換権が発生した際に想定外の正社員化を招きます。

試用期間の設定

法律で試用期間の上限は定められていませんが、一般的には3か月が目安です。試用期間中の解雇は、通常の解雇より要件が緩いとされますが、それでも客観的に合理的な理由が必要です。思ったより仕事が遅い程度では認められません。試用期間を設けるなら、評価基準を具体的に決めておくことが先です。

36協定の準備

従業員に1分でも残業をさせると、36協定なしでは労働基準法違反になります。6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰の対象です。最初の雇用前に、管轄の労働基準監督署へ届け出るか、残業なしで運用する体制を決めておく必要があります。

最初の一人を雇ったら必要な手続き一覧

手続きには期限があります。期限を過ぎると行政指導の対象になり、最悪の場合は遡及処理という余計な手間が発生します。

雇用開始10日以内:労災保険の手続き

従業員を1人でも雇った瞬間から、業種に関係なく労災保険への加入義務が生じます。アルバイトや試用期間中でも同じです。労働基準監督署へ保険関係成立届を提出し、その後、概算保険料申告書を提出します。費用は全額会社負担で、保険料率は業種によって異なります。

雇用開始5日以内:社会保険の手続き

週30時間以上の勤務見込みがある従業員は、健康保険・厚生年金の加入対象となります。健康保険・厚生年金被保険者資格取得届を年金事務所へ提出する期限は、雇用開始から5日以内です。法人の場合、一人社長の段階で既に社会保険の適用事業所になっているため、追加の届け出だけで対応できます。

翌月10日まで:雇用保険の手続き

週20時間以上かつ31日以上の雇用見込みがある場合、ハローワークへ雇用保険被保険者資格取得届を提出します。提出期限は雇用開始日の翌月10日までです。雇用保険料は給与から控除する分と会社負担分があり、保険料率は毎年度更新されます。

手続きまとめ表

手続き提出先期限
保険関係成立届(労災)労働基準監督署雇用開始から10日以内
健康保険・厚生年金被保険者資格取得届年金事務所雇用開始から5日以内
雇用保険被保険者資格取得届ハローワーク翌月10日まで
36協定届労働基準監督署残業開始前まで
労働条件通知書の交付従業員へ雇用開始時

手続きがわからないばかりか、労働基準監督署、年金事務所、ハローワークと三箇所にも行くのか、面倒だな。そう思ったのではないでしょうか。貴重な経営者の時間を消費しないために、本業以外はアウトソースするのも選択肢の一つです。弊所で代行いたしますのでお問い合わせください。

雇用コストのリアルな計算

月給25万円で雇うと決めても、実際の会社負担はそれで終わりません。

月給25万円の場合、会社が負担する社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険)の合計はおよそ3.5〜4万円になります。年間に換算すると40万円以上が給与以外のコストとして発生します。

この計算に加え、就業規則の作成・クラウド勤怠システムの導入・採用コストが初期費用としてかかります。常時10人以上の従業員がいる場合は就業規則の届け出が義務になりますが、最初の一人目から用意しておくことで、後からの整備コストを抑えられます。

クラウド勤怠システムを導入することで、従業員を雇用した場合に作成が必要な法定三帳簿も自動で作成できるのでオススメです。(法定三帳簿:労働者名簿、賃金台帳、出勤簿)法廷三帳簿については以下の記事で詳しく解説しています。

コスト圧縮に役立つ助成金が2つあります。有期雇用労働者を正社員に転換した場合に最大80万円が支給されるキャリアアップ助成金と、賃金を引き上げながら生産性向上のための設備を導入した場合に経費の最大80%が助成される業務改善助成金です。雇用を決めた段階で、これらの申請要件を確認しておくと、受給機会を逃しません。

よくある質問

Q. 試用期間中にやっぱり合わないと感じたら解雇できますか?

試用期間中でも解雇には客観的に合理的な理由が必要です。思ったより仕事が合わない、なんとなく不安、では認められません。つまり、試用期間中であっても、現実的には解雇はできません。

Q. アルバイトを雇う場合も社会保険への加入は必要ですか?

労働時間が週30時間以上の場合、社会保険の加入対象となります。短時間でも要件を確認した上で手続きを進める必要があります。

Q. 最初の従業員が入社する前に就業規則は必要ですか?

常時10人未満の場合は就業規則の届け出義務はありませんが、雇用条件のトラブルを防ぐために、シンプルな就業規則を用意しておくことは実務上の防衛策になります。また、多くの助成金で就業規則の整備が要件になっているため、この面からも最初から用意しておくことをおすすめします。

Q. 36協定を出さなければ残業させなければいいだけですか?

そのとおりです。残業不可として運用する場合は、労働条件通知書に明記し、実態としても徹底する必要があります。口頭の指示だけでは機能しません。

まとめ

最初の一人を雇う決断を阻んでいるのは、手続きの複雑さよりも、一度雇ったら終わりという心理的な思い込みです。各種届出・労働条件通知書の整備・36協定の届け出、この3点を先に整えることで、雇用リスクの大半は制御できる範囲に収まります。

コストを過小評価せず、助成金の申請タイミングを逃さず、手続きの期限を守る。これだけで、初めての雇用トラブルの多くは防げます。限界を感じている今が、動き出すタイミングかもしれません。

弊所へのご相談

雇用手続きの準備から就業規則の整備、36協定の届け出、助成金の申請まで、弊所では初めての雇用を予定している経営者を一括してサポートしています。何から始めればいいか分からない段階からでも対応できます。初回相談は無料です。お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人

人事労務のデジタル支援パートナー。経営者の「時間が足りない」という課題を解決する専門家で、経営者が将来を見据えた舵取りに専念できる時間を創出する仕組みづくりを得意としています。企業内部に深く入り込み、共に汗を流しながら課題解決に取り組むスタイルが特徴です。社会保険労務士・中小企業診断士・ITコーディネータ・医業経営コンサルタント

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